「わかる」と「できる」 

 我が家の長男(高校1年生)の近ごろの口癖は「わかっているよ。」「知っているよ。」です。

 妻や私が「勉強は大切だよ。」とか「時間を無駄にしないように。」「目標をもったほうがいいよ。」などと言うときにその口癖が出てきます。

 高校生になって長男の生活は忙しさを増しました。

宿題はかなり出るようですし、平日はもちろん、週末にも部活動がある場合も多く時間の余裕がないように見えます。

 部活動を終えて帰ってくると「疲れた。疲れた。」と言って休み、そのままテレビやパソコンを見て過ごしている様子を目にします。

 確かに部活動で体を動かせば相当疲れますし、休養も必要です。こなしきれないほどの宿題に対して、諦めの気持ちなることもあるでしょう。部活動と高校の勉強との両立は困難なことも多いかも知れません。

 そのような現状の中で、親に「勉強しなさい。」などと言われても「(うるさいなあ)わかっている。」と言う気持ちも理解できます。

しかし、今の高校を選んだもの本人だし、今の部活動を選んだのも本人です。現状は本人が選択した結果なのです。

 それに対して、少なくとも家庭での生活態度や勉強については、自分が選択したやるべきことを全うしているとは到底いえません。

 たとえ宿題をその日に全部こなせなくとも、やれるだけやる姿勢は大切だと思います。そうすれば、同じ時間でもできることがだんだん増えてきて、力がついてくるはずです。そして、休む時間とやる時間を分けて、集中してできるようになると思います。

 そうではなくて、無目的にダラダラと過ごしていては何事も成し遂げることはできません。

 そのようなことは長男も「わかっている」と思います。耳にタコができるほど聞かされていることです。

 でも、分かっていてもそれができない。疲れていれば休みたい。目の前に楽しいことがあれば、すべきことよりもそちらを優先してしまう。いまラクなほうに流されてしまう。頭で理解していることを行動に表すことができない。「わかる」ことと「できる」ことは大きく違います。

 長男だけでなく、私自身にも大いに当てはまることです。面倒な仕事はつい先送りしてしまいます。ついつい食べ過ぎてしまいます。ジョギングもサボりがちです。

 すべきとわかっていることはできるようになりたいものです。長男も私も今後の大きな課題です。

 

田中裕志